【加害強迫の一例】

 吉本さん(仮称)は専業主婦でした。元々、人に迷惑をかけてはいけないと細やかに気を配るところがあり、新しいことや慣れない人・場所には少しの苦手意識がありましたが、家事や育児をこなしながら充実した日々を過ごしていました。

ある日、吉本さんはスーパーへ車で買い物に行く途中、人通りの多い道を左折しました。その時、車がガタンと音を立てて少し揺れたため、「人にぶつかってしまったかもしれない」と少しドキッとした気持ちになりました。すぐに車を降りてケガをした人がいないか確認しましたが、何もなかったため、車に戻り運転を再開しました。

その日を境に、車を運転している時に、「人を轢いたかもしれない」と気になり、その度に車を停めて確認することや、もう一度同じ道を走って、ケガをした人がいないかと確認することが増えました。

歩行者や自転車の横を通ると、轢いてしまったかもしれない、ぶつかってつきとばしたかもしれないなどと心配するようになりました。さらには、誰もいなくても、自分が見落としているだけで本当は人がいて轢いたのかもしれないと考えるようになりました。さらに悪いことに、車を運転している時だけでなく、歩いていても人にぶつかり道路に突き飛ばして怪我をさせてしまったかもしれないなどと、確認する場面は増えていきました。

その結果、吉本さんは、いつも心配なことを浮かべては確認をしているので、一日のほとんどを確認に費やすようになりました。何度も確認をしに戻ったり、帰宅して家族に確認をお願いしたり、運転していた時刻に事故が起こっていないかを、警察に電話をしたり、翌日の新聞やニュースで確認するのです。

とにかく確認に時間もかかるため、車の運転は近場で、最低限必要な運転しかできなくなり、車以外の外出も人混みを避けて、最低限必要の時だけしかできなくなっていきました。

もともと家事や育児で充実した日々を過ごしていた吉本さんは、学校行事に参加できなくなり、ママ友との付き合いも断ることが続き、子どもを連れて遊びに行くこともできず、子育てへの影響を心配し相談にきました。


この吉本さんの事例以外にも、次のような事でお困りではないでしょうか?

コンロの火を消し忘れて家が火事になり、家族や同じマンションの人に迷惑をかけてしまうかもしれないと思い、何度も火が消えているかの確認をする。

自分が感染症にかかっていて、人にうつしてしまうのではないかと気になり、過剰に消毒をしたり人との交流を避けたりする。

料理をしている時に使っている包丁が、滑って家族に刺さり怪我をさせてしまうかもしれないと思い、人がいるときに包丁を使えず、キッチンにも入れない。

かばんの中に入っているボールペンが人にぶつかった時に刺さって怪我をさせてしまうかもしれないと思い、ペンや、細長いもの、尖ったものが持ち歩けない。

電車に乗ると痴漢をしてしまったかもしれないと思うため、電車に乗ることができない。

作成した書類が間違っていて会社に大きな損害を与えてしまうかもしれないと思い、繰り返し必要以上にミスがないか確認してしまう。

周囲の人に、事故が起きていないか、火が消えているか、間違っていないか等の確認を必要以上にする。「大丈夫」と言ってもらわないと気が済まない。

【それはもしかしたら加害強迫かもしれません】

加害強迫とは強迫性障害(強迫症)の1つです。

強迫性障害とは、一般的には「心配や不安が頭から離れず生活に支障が出ている状態で、ある儀式行為をすると、その心配や不安が一時的に消えるため、儀式を繰り返してしまう」精神疾患です。儀式が数十分から数時間と長くなったり、一日何回も繰り返したりすることで儀式行為自体が苦痛になります。そして、重度の方ではひきこもったり、一日中寝ていたりします。

強迫行為をすると一時的には心配や不安が減少するようですが、安心は長続きはしません。日常生活を送る中で、外に出れば、「人を傷つけたかもしれない」と確認したくなる場面は避けられません。そして、確認行為は増えていきます。頭の中で気になる場面を思い出し何度も確認(反芻)を繰り返す人もいます。

【加害強迫を改善するためのヒント】

REONカウンセリングでは、まずは、生活の中で繰り返されている強迫行為(確認行為)を細かく整理していくことから始めます。

クライエントと強迫行為を探す際に、車で轢いたかどうかの確認をする、火を消したかどうかの確認をするといった目立つ確認行為はすぐに整理ができることが多いのですが、一方で生活の中では自分ではいつの間にか“自然に”“当たり前に”やっている確認行為があることがほとんどです。例えば、不安にならないように、人通りの多い道を車で走ることを「回避する」という場合には自分では気づけないことが多くあります。こういった生活の中における強迫行為を見つけて整理することが、まずは重要です。

 

【巻き込みについて】

加害強迫に限りませんが、強迫性障害にお困りの方の中には、家族に強迫行為を手伝ってもらっている方がいます。これを巻き込みと言います。家族からすれば、本人の「しんどさ」を「少しでも軽減させてあげたい」と考え、強迫行為を手伝ってあげているのです。

ただ、この巻き込みが、実は症状を維持させたり、悪化させてしまうのです。

巻き込みが顕著な場合、本人だけでは強迫行為をやめられない場合には、ご家族が一緒にカウンセリングに参加することがとても重要です。

具体的には、本人から“巻き込み”を整理したり、強迫行為(例えば、確認行為)をしている時の対応(声掛けや態度など)や“巻き込み”(「見てきてくれない?」「火を消したっけ?」と確認を求められる)への対応について話し合ったり、本人が取り組む時にどのようにサポートできるか?について話し合います。